天国にいる娘のこと

 

本当は、わざわざ言ったりせずに黙っておくことなのかもしれません。

ましてやインターネット上になんて、書くべきではないのかもしれません。

それでも、自分の気持ちの整理のために、そして娘の存在を伝えたいというわがままのために、書き残しておくことにしました。

完全にただの自慰行為ですが、読んでくださってありがとうございます。

 

お腹の赤ちゃんが私の娘と同じ病気で、このページに辿りついてくださったお母さんたちへ。

不安で不安でたまらない中、このページを開いてくれたのに、希望になれなくてごめんなさい。

妊娠中、私もあなたと同じようにたくさんたくさんネット検索して、いろんな方のブログを拝見しました。

悲しいお別れをされた方がほとんどの中、やっと見つけた、胎児水腫が20週の頃に自然と消え、元気に生まれて育っている子のブログをよりどころにしていました。

「お腹の子が元気に生まれてきてくれたら、私も絶対にブログに書こう!」と決めました。

同時に、「お別れになったらブログには書かない」とも決めました。

たった一記事でも、悲しい情報より嬉しい情報を増やしたかったので。

しかし今、私は娘とお別れしたにも関わらず、こうしてブログを書いています。ごめんなさい。

妊娠中は読むのがしんどくてたまらなかった悲しいお別れのブログたちが、娘とのお別れを決意したあとの私に「こんなにたくさんの方々が、私と同じような悲しみや苦しみを受け入れて頑張って生きているんだ…」と思わせ、助けてくれたのも事実で。

ならば私も書き残しておきたい、と思ってしまったのです。

妊活中や妊娠中の方、ここまで頑張って読んでくれてありがとうございました。

この先の具体的な内容は、精神的にかなりきついと思うので、無理して読まずに精神と身体を大事にしてくださいね。

あなたの体調が悪化せず、お腹のお子さんが治癒し、もしくは健康なまま、妊娠出産ができますよう心の底からお祈りしております。

※文中の医学・医療的な情報は、通っていた産院でいただいた資料および先生に話していただいたことに加え、インターネット上で調べたことを独自で解釈したものであり、正確性の保証はございません。

 

 

本日2019年8月2日は、私にとって初めての出産予定日、妊娠21週で他界させてしまった愛娘の誕生日になるかもしれない日でした。

物心ついた頃から“お母さん”になって我が子の成長を支え見守ることが最大の夢で、自分自身が育ててもらっている過程の中で「自分が親の立場なら…」とシミュレーションをしていた変な子だった私にとって、愛する人との間に授かった娘は、私が人生でいちばん出会いたかった存在でした。

 

娘は、非免疫性胎児水腫という病気を妊娠初期より指摘されておりました。

発症の確率は、数千分の一とされているそうです。

胎児水腫というのは、胎内にいる赤ちゃんの体液循環が上手くいかず、皮下が浮腫んでしまったり、胸水や腹水が溜まってしまったりする状態を言います。

システィックヒグローマと呼ばれるものなど、リンパ管系奇形も含まれます。

免疫性(母の血液型がRH-、子の血液型がRH+のときに起きる)の場合や貧血や不整脈による場合とリンゴ病などのウイルス性の場合以外は、基本的に治療法はありません。

妊娠24週未満で診断されると胎内死亡もしくは誕生死の確率は95%、24週以降の診断でも50~90%。

なんとか生きられていても救命率は50%で、機械をつけて一生寝たきりとなってしまう可能性も高い。

初期に発症しても20週前後に自然治癒し、元気に生まれ育つ子も稀にいるそうですが、通っていた産院の医院長先生曰く、その場合はウィルス性のものであることがほとんどだそう。

初期からの発症で免疫性やウィルス性でない場合は、染色体異常(トリソミー)のせいか、染色体異常でなくても受精時に発症してしまう突発性のもの。

また、基本的には遺伝性や連続性のあるものではないとのこと。

娘は、胎児水腫以外にも心疾患(胎児心エコーで、中隔欠損?やら縮窄?やら言われました)を患っており、さらには腎臓や膀胱がエコーできちんと確認できず(水腫や後述する胎盤の影響で映りにくかったせいもありますが)、複数の疾患を発症していた状態でした。

胎児水腫は心疾患などの合併症として発症する場合もあるのですが、胎児心エコーを診てくださった日本トップクラスの小児循環器の先生からは、娘の心疾患は胎児水腫との関連があるものではないと言われました。

「今の日本の医療技術は、たとえ心臓の部屋がひとつしかなくても、数回の手術で助けてあげられる。この程度の心疾患だけなら、僕は産みなさいと言う。けれど、胎児水腫になってしまっていると手術自体がしてあげられない。」と言われたことが、とても印象に残っています。

産院の医院長先生からは、「先天的な疾患の中でも、特に助けてあげられない胎児水腫が強く出てしまった」と言われました。
たとえ障害や病気があっても産みたかったので、それならば検査代は生まれてきてくれてからの治療などに遣いたい、と羊水検査はしませんでした。

なので、この合併症が染色体異常によるものなのか否かはわかりません。

出産後含め出産時も、総合病院ではないうえに初産なためか、胎盤検査や娘の検査についての希望は病院からは確認されず、私自身もそこまで気が回らなかったので、ちゃんとした原因はわかりません。

出産し対面した娘は、もちろん可愛くて可愛くてたまらなかったですが、身長20cmほどしかない小さな身体なのに浮腫の重さのせいで体重は750gもあり、全身が浮腫んでパンパンに張っているどころか、顔にいたっては風船のように膨らんでしまっており、後頭部の浮腫に至っては頭より一回り以上大きくブヨブヨ、とても可哀想な状態でした。

しかしながら、両手両足の指は爪まできちんとある5本、目も耳も鼻も口もきちんとあり整った顔立ちで(親バカですが)、ダウン症の所見や口唇口蓋裂などもなく、もちろん染色体異常の可能性もありますが、見た目には胎児水腫以外の異常は見当たりませんでした。

 

医院長先生からは、妊娠12週以前の早い段階で、母体保護の観点から「中絶しても誰も責めないよ」と言われていました。

初期流産で淘汰されてしまうような所見だったようです。

産婦人科の先生が中絶をすすめるなんて、よっぽどのことだと頭ではわかっていました。

でも、せっかく宿ってくれた娘と離れたくない、元気に生まれてくれることを信じたい、胎内で亡くなってしまうとしてもせめて命を全うさせてあげたい、という娘が病気で苦しむ期間を長くさせてしまうだけな私のわがままで、法律で中絶が認められている妊娠21週ぎりぎりまで考えさせてもらえることになりました。


ちゃんと生きてくれていますように、少しでも良くなっていますように、と毎日祈っていたのに、みるみる大きくなっていった後頭部の浮腫。

それでも、娘自身も週数より少し小さいかな?くらいで頑張って大きくなり続けてくれ、手足をバタバタさせたり両手を顔のそばでモゾモゾさせたり、エコーで可愛い姿もいっぱい見せてくれました。

けれど、大きくはなりながらも、体力的な問題か浮腫が邪魔をしてか、逆子の状態から動く様子はなく。

さらには胎盤が私のお腹の前側にできる前壁胎盤(全体の3割が前壁にできるらしく、母子ともに健康な場合は特に問題はないが、胎盤越しでの腹部エコーになるため詳細が確認しづらいことがある)であることが判明。

経膣分娩だと危険なため帝王切開となる前置胎盤とは逆で、経膣分娩できずに帝王切開となった場合、胎盤があるために出血量の少ない場所での切開ができないことが多く、出血多量による命の危険や二度と妊娠できない身体になってしまう可能性もあるそう。

そして、決断をした21週目前の健診。

娘はまだ生きているものの、私の決断を促すかのように、18週の健診時の大きさから育っておらず、浮腫だけさらに大きくなってしまっていて、胸水も腹水も増えている状態でした。

 

上記は、すべて私の言い訳です。

私は、中絶を選択してしまいました。殺人です。

そもそも子供を欲しいと思うこと自体が親のエゴで、それなのに宿ってくれた小さな命を、親のエゴで苦しませるだけ苦しませて、それでも頑張って生きようとしている命を全うさせることすらせず、親のエゴで終わらせてしまいました。

ある意味、殺人よりも酷いかもしれません。

どんな言葉で聞こえをよくしたとしても、「そんなことないよ」とどなたかが庇ってくださっても、事実は事実です。

その事実を否定せずに一生を過ごすことが、唯一できる親としての責務だと思っています。

 

でも、ごめんなさい。

それでも私は、宿ってくれて、私をお母さんにしてくれて、限界を遥かに超えて大きくなってくれて、半年に満たない期間でも一緒に過ごしてくれて、中絶とはいえ誘発分娩(お腹の外では生きられない状態の赤ちゃんは、出産の途中や生まれてすぐに息絶えるので、このような中絶は人工死産とも呼びます。)で通常の経膣分娩みたいに出産させてくれて、皮膚が破れて水腫がぐちゃぐちゃになったりせず綺麗に産まれてくれて、身体が小さいから残らないと言われたのに遺骨でまだ傍にいてくれる、娘がしてくれた一生分以上の親孝行に、私がしてしまった罪への意識が霞んでしまうほどの幸せを感じてしまうのです。

 

「子供は親を選んで生まれてくる」という言葉を信じさせてもらえるならば。

身体の準備がまだできていないのに、パパとママの子供になるには今のタイミングしかない!と慌てて宿ってくれたのかな。

病気になっちゃうこと、生きて産んでもらえないこと、わかってはいたけど、それでも私たちの子供になりたい!と思ってくれたのかな。

さよならの決断をママがしやすいように、着床するとき胎盤の位置を前にしたのかな。

それでも、できるだけ長くママと一緒にいたかったし、お骨になってもママのそばにいたいって思ってくれて、限界を遥かに超えて大きくなってくれたのかな。

…なんて、自分に都合よく妄想してしまいます。

 

妊娠以前から、妊娠できることも問題なく妊娠継続できることも母子ともに健康で出産できることも、奇跡みたいなことだと思っていました。

思っていたくせに、妊娠さえできれば、自分にはその奇跡みたいなことは当たり前に起きるとおごっていました。

そして、みんなわざわざ言わないだけで、流産や死産、母または子の病気での中絶を経験している女性は、この現代においても思っているより遥かに多く、身近にある現実であるということも知りませんでした。

わかっているつもりで何も知らなくて、何も覚悟できていなくて、本当に情けないです。

妊娠できて、問題なく妊娠継続できて、母子ともに健康で出産できることは、奇跡みたいなことではありませんでした。

本当の奇跡です。

 

お腹にいるかもしれない…と、ピンときた着床の頃。

生まれて初めて使った妊娠検査薬で、陽性の線を見たときの喜び。

悪阻に苦しみながら、子宮外妊娠じゃないよね?稽留流産になってないよね?と不安で仕方なかった産婦人科初診までの期間。

やっとエコーで見れた、たった3cmの身体で心臓をピコピコさせている愛おしい命。

直後に聞かされたNT(頚部浮腫)という単語について、検索しまくった夜。

調べていて知って、「それだけはないはず。それだけはやめて…」と願っていたのに、NTの予後で最悪の状態である胎児水腫だと診断された日。

たくさんお腹に話しかけながら、ただただ奇跡が起きることを願っていた日々。

安定期に入ってから、きつくなった寝起きの低血圧。

健診のたびに悪化していく水腫。

さよならするしかない、と決断した日。

お腹の中にいる間だけしか直接呼べないけれど、ちゃんと名前で呼ぶための命名。

心も身体も痛くてたまらなかった、誘発分娩のための前処置。

棺で掛けるためだけに買った、いちばん小さいサイズでも大きすぎる新生児用肌着。

腹帯を、棺に入れるブランケットにリメイクする作業。

自分が生まれた時ぶりの入院。

前触れなく急に3分間隔の激痛で襲い、そのうち痛みの引くタイミングすらなくなった陣痛促進剤による陣痛。

生かすことは目的ではないから、皮膚が破れないよう、ゆっくりゆっくり丁寧に、逆子なのに焦らずいきんでいる虚しさ。

眠っているような表情の可愛い可愛い娘に会えた嬉しさと、病気で可哀想な姿の娘は息をしていないという現実。

なぜか冷静に書けた、娘の名前を書く欄すらない死亡届。

数時間前に産んだばかりなのに、もう離れて葬儀屋さんに預けないといけない寂しさ。

「もう娘はお腹の中にも、この世にもいない」と急に実感してパニックになった、ひとりぼっちの夜。

いつもそこにいたはずの娘がいない、空っぽの子宮エコー。

最期のお別れのための、火葬場での再会。

まだ生きてるんじゃないか?とすら思えた産んですぐとは違い、浮腫が乾燥して少し萎んで、もう生きていないことを実感させた姿。

お別れの扉が完全に閉まっても、呼び続けた名前。

 

振り返ると、つらいことがほとんどの妊娠期間で、ただただ幸せ!なんて瞬間は、妊娠がわかった時と初めてエコーで姿を見た時くらいしかなかったけれど。

それでも、娘が一緒に過ごしてくれた半年足らずの思い出は、私にとってかけがえのない幸せな宝物です。

 

「21週ぎりぎりまで子供の病気が治るのを信じたい」という私のわがままを聞き入れ、通常は断っているという21週ぎりぎりでの中絶まで付き合うと初期の段階で決めて見守ってくださった医院長先生。

中絶が決まってからも、出産中も、出産後も、私を普通に出産する妊婦として扱い、娘を普通に生まれてくる子たちのように扱ってくれた助産師さんたち。

病院スタッフの方々のおかげで、とてもとても救われたことも記載させていただきます。

本当にありがとうございました。

 

「本当はまだお腹にいるはずの期間だから」と、傍目には気味が悪いかもしれないことも重々承知のうえで、娘を火葬してから今日まで、出歩く時も必ず娘の骨壷と一緒でした。

小さな骨壷をモコモコの布でくるんで、出歩く時は、それを小さなショルダーバッグに入れて。

でも、それも今日で一区切りにします。

水子供養も考えましたが、離れるのはまだ耐えられそうにないので。

この先、お寺に供養をお願いする決心がつく時が来るかもしれませんが、それまでは私の部屋にいてもらう手元供養にします。

 

天国にいても。

娘は、ずっと私の大切な娘で。

私は、ずっと娘の母で。

今までは、妊婦さんを見るたびに、娘ちゃんもまだお腹にいたはずなのにね…と思って泣きそうになったけど。

これからはきっと、同じくらいの月齢や年齢の子を見かけるたびに、娘が元気に生まれていたら…と思って泣きそうになるんだろうな。

でもそれは、ただ悲しいこと寂しいことではなくて。

元気に生まれ育っている娘の姿を想像することは、私は娘の母であると実感する行為で。

想像の中で成長していく娘は、絶対にめちゃくちゃ可愛いから。

私は大丈夫です。

 

対処のしようがない先天的な病気なんてなくなりますように。

今、胎内で頑張っている赤ちゃんたちの病気が治癒して、元気に生まれて来れますように。

問題なく育っている赤ちゃんたちが、そのまま元気に生まれて来れますように。

病気を持って生まれてきた子たちの病気が治癒して、元気に育てますように。

元気に生まれてきた子たちが、そのまま元気に育てますように。

 

 

愛しい愛しい娘ちゃん。

出産から4か月ちょっと、お誕生日だったかもしれない日おめでとう。

ダディとマミィの子供になってくれて、本当にありがとう。

元気に産んで一緒にいられなくて、本当にごめんね。

バイバイしないといけなかったあの日から毎日毎日、あなたに会いたくてたまりません。

離れていても、ずっとずっと大好きよ。

 

 

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